街づくりの原点。移住先で見つめた「暮らしの余白」|CCFメンバーnote
生まれ育った沖縄を離れ、埼玉県・飯能市へ移り住んで2年が経ちました。 少し車を走らせればすぐに海が見える環境から、いまは細くまっすぐ伸びる針葉樹林に囲まれる日々。家のベランダから見える富士山と、遠くから聞こえてくる踏切の音にもようやく慣れてきました。
飯能は、市の面積の約7割を森林が占める「森林文化都市」です。 山々の懐では、少量多品目の農業が脈々と営まれていて、直売所に行けばその季節ごとの野菜やくだものが数多く並んでいます。
人脈も知り合いも、文字通り「ゼロ」からのスタート。けれど、この街で暮らし、歩き、誰かと言葉を交わすうちに、気づけば友達が100人もできるほどに。驚くほど充実した毎日を過ごしながらも、移住者として感じている地方での暮らしについて、少しお伝えしたいと思います。
完璧じゃないからこそ、親しみのある街
なぜ、この街はこんなにも温かく迎え入れてくれたのだろう。その答えを探すと、飯能という街が持つ「心地よい余白」に辿り着きます。
飯能は、決して「完成されすぎた街」ではありません。使い道を待っているような古い建物や、整備されすぎていない、ありのままの自然がいまも手の届く距離に残っています。その風景はどこか懐かしく、境界線が曖昧。移住者たちが街の暮らしに馴染みやすいのは、そんな親しみやすさがあるからだと思います。
「ひとの心」にある、受け入れの余白
そして何より、この街に住む「ひと」にも、柔らかな余白があります。 飯能には移住者が多く、新しく来る人を拒まず、むしろ「おもしろい人が来たね」と受け入れてくれる空気感が漂っています。
「ここなら、何か新しいことを始めてもいいかもしれない」
「自分の居場所も、ここに見つかるかもしれない」
そんなふうに、訪れる人の挑戦心をそっとくすぐる隙間が、街のあちこちに準備されている気がします。私自身も、日頃は在宅で仕事をしつつも、飯能のいいものを探す活動を続けていられるのは、ここで何かに挑戦し続ける仲間たちに出会えたからかもしれません。
「ちょうどよさ」が支える、挑戦の土台
もちろん、暮らしの現実的な面での「ちょうどよさ」も見逃せません。 特急や急行一本で、都会の真ん中・池袋までアクセスできる利便性。都内で刺激を受けながら、夜は静かな緑に囲まれてリセットする。そんなオンとオフを鮮やかに切り替える暮らしを選ぶ人が多いのも、この街の特徴です。
「住む」にも「働く」にも不自由がないという安心感。その土台がしっかりしているからこそ、人は自分の内側にある「やってみたい」という気持ちに素直になり、新しい活動へと一歩を踏み出せるのだと感じます。
街づくりの原点は、誰かの「やりたい」を信じること
街づくりとは、立派な箱モノや制度を整えることだけを指すのではないはずです。そこに住む人が「ここで、何かを形にしたい」と自分の意志を重ねられる「余白」をいかに残せるか。それこそが、街が生き生きと動き出す原点なのだと、飯能の暮らしが教えてくれました。
完璧ではないからこそ、関わる人が主役になれる。
そんな場所が各地に増えていけば、きっともっと面白くなるはず。
8月30日に京都で開催される「Civic Compass Forum 2026」では、各地で芽吹いている新しい視点を、皆さんと分かち合いたいと思っています。
あなたが踏み出そうとしているその一歩。
その先にある景色を、ぜひ会場で一緒に共有できたら嬉しいです。
CCF2026 統括 ハネジユキエ